フレクトゴンを通して見る世界

先週、ヤフオクで落としたレンズがうちに来ました。
その名は、カールツァイスイェナ フレクトゴン 35mm/F2.8 。デザインから1960年代に作られたレンズと推定されます。このレンズ、年代にによってデザインが異なり、この頃のレンズはその鏡胴のデザインからゼブラとかシマシマとか言われているようです。
カールツァイスといえば、ソニーやノキアにレンズを供給したり、現在でも世界有数の光学機器メーカーで、1846年に創業開始という伝統あるメーカーでもあるわけですが、その歴史は戦後ドイツを象徴するような経過があるのですね。
戦後、対戦に敗れたドイツにソ連がその高度な光学技術を吸収すべくカールツァイスの本社があったイェナの技術者を囲い込みます。しかし、それをよしとしないアメリカはイェナにソ連軍が進駐する以前に技術者を半強制的に西側に移させてしまうのです。
こうして、カールツァイスは国の分裂とともに企業も分裂してしまい、東ドイツに拠点を置いたカールツァイスはカールツァイスイェナと呼称されるようになったわけです。
しかし東西ドイツが統合、カールツァイスも統一への道を進むことになります。当時のカールツァイスイェナは経営破綻も同然の状態。西側主導で統合することになります。
ちなみにカールツァイスの技術者は、実はソ連にも大量に送られたようです。それら技術者の技術を吸収して確立したのがツァイスコピーのロシアレンズ群であり、コンタックスの模造品であるロシアカメラ群であるわけで、むしろ50年代頃のロシアレンズはドイツ技術者が直接作っていた可能性もあるのでは・・・
ロシアレンズが「ロシアンルーレット」と呼ばれるほど、当たり外れが大きいのも、そういう背景にあるのかもしれないです。
そして、今回のカールツァイスイェナ フレクトゴンとなるわけですが、このフレクトゴンという名称はカールツァイスイェナ製のレンズであり、西ドイツで誕生したツァイス・オプトン社には同じ名称のレンズはありません。それもそのはず、当時はフレクトゴンに類するレンズを生産していませんでした。
フレクトゴンと同様のレンズが西側でできるのは、それから約20年後。ディスタゴンという名称で発売されます。これを技術力の差と決めつけるのは危険なのかもしれませんが、少なくとも20年間はフレクトゴンの独占状態にあったわけです。
このように、フレクトゴンは歴史も古くクラシックレンズとオールドレンズの中間的位置に属するレンズだと思います。比較的安値で取引されてきたわけですが、ここ最近価格が急騰しているようです。その理由としては次のような理由が考えられるかと。
1.マクロに強い。
この年代のレンズの最短撮影距離で、一般的には短くても40~50cmがザラのように思うのですが、フレクトゴンは18cm。現代の最新レンズをも凌駕するほどの接写能力です。明るくて寄れるレンズというのは、大きな魅力。
2.35mmという焦点距離
35mmといえば銀塩カメラの頃で行けば、広角側のレンズかな~というくらいですが、こと現代に至っては、新たな意味が附加されてきます。
それは撮影素子との関係。現在デジタル一眼で最も普及している撮影素子のサイズは恐らくAPS-Cサイズでしょう。オリンパス等が採用しているフォーサーズ規格というのもありますね。
いずれにしろ、それぞれが昔銀塩カメラでほぼ統一されてきた35mmから比べると小さいため、画角も小さくなってしまいます。APS-Cだと1.53倍、フォーサーズだとその差は2倍近くにもなってしまいます。となると、普及していた焦点距離50mmのレンズは、望遠側のレンズとなってしまい、普段使いの標準的なレンズとして使えなくなってしまいました。
そこで、デジタル一眼ユーザーは広角側のレンズを求めます。特に35mmはAPS-Cサイズだと標準的な焦点距離となるため、好まれるのでしょう。
と言っても、元々そこまで豊かな市場ではなく、ニッチなカテゴリであるため、市場からはすぐに枯渇していきました。特にM42のレンズは利用しやすく、値段は上がる一方。
今ではロシアン広角もほとんど見ませんし、ペンタックスが出していた広角レンズも見あたりません。技術が発達して35mmサイズの撮影素子が安価に出回るようになれば、この流れも変わってくるのでしょうが、しばらくは続くのでしょうね。
だいぶ、蘊蓄が長くなってしまいましたが、選挙に行ったついでに試し撮りしてみました。撮影場所は、選挙会場となった学校の敷地内。
まずは定番、お花の写真
高倍率なマクロ能力が素晴らしい。開放で撮ってるんですが合掌部分の解像度も良いです。
遠くのボケは二線ボケがでてるですね。
マクロ撮影がぐっと寄れて素敵です。想像していたより合掌部分も鋭く撮れているような。
絞り羽が5枚しかないのが悲しくはありますが、撮り方によってはおもしろいものが撮れるだろうとボジティブシンキング。
トーンカーブを弄って、ちと非現実的な風景に
このレンズ、外見はお世辞にも綺麗とは言えません。ていうか、どう扱ったらこんなに傷が付くの?と言うくらい傷つきまくってます。
ただ、恐らく半世紀くらいの間、いろいろな絵を自分の中に通してきたこのレンズを見ると光学器械というガラスと金属の固まりに何か魂のようなものの存在を感じてしまうのでした。
-
前の記事
福岡でベロベロ 2007.07.28
-
次の記事
今さらオンラインアルバムサービスをまとめてみようか 2007.07.30